拝観 毘沙門天・寺宝

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仏像

毘沙門天

 毘沙門天王像 平安時代 像高145.7cm

東福寺の仏殿の天井裏に密かに安置されていたが江戸時代に開山高岳令松の霊告により中興開山独秀令岱禅師より発見され、東福寺の全体を守護する為に鬼門にあたる勝林寺に安置された。
制作年代は平安時代十世紀。ほぼ等身大である。
当寺の毘沙門天はとりわけ財運・勝運・厄除けに御利益があるとれる。
※通常は秘仏の為非公開。公開時期は正月・春(4月桜の時期)・秋(11月中旬~12月上旬)の期間のみ公開

■毘沙門天とは?

古来より財福・戦勝の神とされる。
仏教では、四天王の一人に数えられ、須弥山(しゅみせん)の中腹に構え、数千・数万とも云われる配下の鬼神、夜叉・羅刹を率いて鬼門にあたる北方守護を司る。
右手に宝塔を捧げ、左手に三叉鉾を持ち、身を固め憤怒の表情で知られ、七福神の一人に数えられている。
サンスクリット語(インドの古語)では「ビシュラバナ」と表記し、この音写が「ビシャモン」である。言葉としては「全てを聞く」という意味を表す。
法華経には「仏法と帰依する衆生を守護する」とある。
使い番は百足(ムカデ)である。

毘沙門天

 吉祥尊天像(清水 隆慶 作) 像高104.4cm

美と幸福を司る神とされており、それを女性に授けると云われている。毘沙門天の妃とされる。
当寺の吉祥天はとりわけ美・幸福・縁結びなどに御利益があるとされる。毘沙門堂前のモミジはその美しさから「吉祥尊天」が宿る紅葉・・・「吉祥紅葉」と云われており、かつては祇園の舞妓さん達の参拝の姿もみられた。現在でも多くの女性の信仰を集めている。

■吉祥天とは?

吉祥とは繁栄・幸運を意味し幸福・美・富を顕す神とされ、密教においては功徳天とも云われている。
仏教では毘沙門天の妃また妹ともされ、善膩師童子を子と持つ。鬼子母神を母とし、徳叉迦龍王を父とするとも言われ、妹に黒闇天がいる。
今では七福神で唯一の女神は弁才天(弁財天)であるが、当初の紅一点は吉祥天であったとも言われる。同じく金運等の福徳の女神としては、主に貴族から崇拝されていた吉祥天よりも、庶民を主とする万人から崇拝されていた弁才天が一般的であった為であろうと云われている。

毘沙門天

 善膩師童子像  江戸時代 (清水 隆慶 作) 
 像高96.5cm

毘沙門天王、吉祥尊天の御子とされる。
他に、最勝(さいしょう)・独健(どくこん)・那吁(なた)・常見(じょうけん)の童子がいるとされる。
当寺では三尊揃っている為、毘沙門天・吉祥尊天・善膩師童子の三尊を拝めば一家和合の神(仏)として、また子授け、子育て、夫婦円満にも御利益があると云われている。

 毘沙門天立像 平安時代 像高73.2cm(御前立)

 聖観音菩薩立像 平安時代 像高103.2cm

 文殊菩薩坐像 平安時代 像高71.1cm

 延命地蔵半跏像 平安時代 像高79.4cm

 大日如来坐像 平安時代 像高108.0cm

 多門天立像 鎌倉時代 像高78.0cm

 広目天立像 鎌倉時代 像高80.0cm

襖絵

虎の大襖絵

 虎の大襖絵
 (櫟文峰 作)

毘沙門堂前堂の左右に描かれた虎の大襖絵は、日本画家 櫟 文峰(あららぎ ぶんぽう)が大正15年(1926)にてがけたもの。
風に向かって吼える虎は毘沙門天を、睦まじい2頭の虎はその妻子である吉祥天と善膩師童子をそれぞれ象徴するとも伝わる。

曼荼羅

曼荼羅

 毘沙門天曼荼羅  田村 月樵(宗立)作

毘沙門天曼荼羅としては、例のない珍しい曼荼羅であり、毘沙門天の一族並びに眷属・使者等を網羅して描き、毘沙門天の御加護、霊験を獲ん事を求めたものである。内院には、毘沙門天並びに吉祥天と五童子、第二院には、八大夜叉大将と龍王及び韋駄天、外院には、二十八使者を描いてある。
版木左下辺に「宗立十六歳畫」とあり宗立とは後年の月樵であり十六才の作品と伝えられている。

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